他人のブランコを押してはいかん。

長男が3歳くらいのことである。
当時は東京の小金井あたりでも若いお母さんが外で働くのは稀であった。
だから、平日のひる頃には公園にたくさんの母子が集まって、賑やかだった。
私の長男はすべり台が好きだったので、よくすべり台近辺で遊んでいた。



男の子はすべり台が好きな子が多く
女の子はブランコが好きな子が多い。
自分の外の世界に興味のある子
自分の世界に興味がある子と言ってもいい。



その日も長男はすべり台に夢中だった。
ブランコのところには、
珍しく和服を着たおじいちゃんらしき人物と
長男と同じ位のかわいらしい女の子がいた。
『お母さんとこども』という図ではない上に和服で
お見かけしたことのない方だったので
つい注目してしまう。

そのうち、
ちょっと大きい(と言っても4歳くらいか)のおしゃまな女の子が
やってきて、ブランコにのっているその女の子の背中を
押し始めた。

ブランコがグーッとカーブを描いて上がって行くの同時に


「そういう事をしてはいかん。」

「人間は自分の力でものをしているときは
危険な目に合わない。
人の力でものをやってると
怪我をする。
他人のブランコを押してはいかん。」


というおじいちゃんの声が公園中にするどく響いた。


ブランコを自分で上手にこげるようになるには、
身体がうまくコーディネイトされていないと難しいようだ。
揺れに合わせて足を伸ばしたり、縮めたりするタイミングが
どうもうまくいかない。
だから、小さい子はお母さんに後ろについてもらって
背中を押してもらう子が多い。

その4歳くらいの女の子もきっと
親切でそうしてあげたんだろう。


そんな公園内常識に水をさしたおじいちゃんは
そのあと、女の子と手をつないで公園から出ていった。
女の子の白い帽子とおじいちゃんの紺色の着物が
茂みから見えたり隠れたりしながらいなくなった。




20年たって、
あのおじいちゃんの言ったことは
あながち間違えではなかったと思う。


「他人のブランコは押すな」

自分の力でブランコはこぐものだということは
わかっていても
親切心でブランコを押しているときはないだろうか。
他人のブランコを押しているより
自分のブランコを楽しもう。



人生は一回かぎり。
青空に向かってブランコをこいでいこう。
ブランコに飽きたら
すべり台にいこう。
おもいっきり自分のできることを楽しんでみよう。


「他人のブランコを押してはいかん。」

それは人生の荒波を乗り越えてきたおじいちゃんが
公園の女の子に発した人生警句であったのだ。